大阪高等裁判所 平成10年(行コ)5号 判決 1998年11月11日
控訴人
奈良県知事
柿本善也
右訴訟代理人弁護士
川村俊雄
同
以呂免義雄
右指定代理人
井上喜一
外三名
被控訴人
田畑和博
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四頁五行目の「当該事業に関する情報」の次に「(以下『法人等事業活動情報』ともいう。)」を加える。
2 同四頁八行目の括弧書きを次のとおり改める。
「ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
イ 違法又は不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の財産又は生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの」
3 同七頁五行目の「乙七」の次に「、以下『基本契約書』という。」を加える。
4 同八頁九行目から一一行目までを次のとおり改める。
「(一) 本件条例一〇条は、次のとおり解釈するのが正当である。なお以下は、『正当な利益』の典型例である法人等の内部管理情報を例にとる。
企業の銀行取引口座や取引に使用している印章などは、いわゆる内部管理情報として、各法人は、開示の可否及び範囲を自ら決定できる権利、あるいはそれを自己の意思によらずにみだりに他に公表されない利益を有しているということができ、その権利利益は、本件条例一〇条三号にいう『正当は利益』に該当する利益の一種であると考えるのが正当である。
したがって、右内部管理情報を当該法人等の意思によらずに開示すること自体が、当該法人等の権利、利益を損なうことになると認められ、法人等の内部管理情報がすべて本件条例一〇条三号本文に一応該当し、原則として非開示とされるべき情報であるというべきである。
ただ、法人等の内部管理情報であっても、それを開示すべき公益上その他の必要性がある場合には、その必要性と開示による当該法人等の不利益とを比較衡量し、その必要性が勝っているときには、当該法人等も開示を受忍すべきであるとしているのが本件条例一〇条三号但書の趣旨である。」
5 同八頁末行の次に続けて、次のとおり加える。
「(二) 本件料金部分は、奈良県自身に関する情報であると同時に、法人等事業活動情報である。
奈良県自身に関する情報としては、本件料金部分を開示することについて、本件条例一〇条八号等に定める非開示事由は見当たらない。
しかし法人等事業活動情報としては、後述のような『正当な利益』を損なうと認められるので、軽々には開示できない(本件条例一〇条三号本文)。
法人等事業活動情報としては、本件条例一〇条三号但書のア及びイに該当する公益上の必要性も認められないが、本件料金部分は奈良県自身に関する情報でもあるので、奈良県自身の情報としてそれを公表する当該法人の『正当な利益』を上回る公益上の必要があれば右法人も開示に伴う不利益を甘受すべきである(本件条例一〇条三号但書ウ)。」
6 同九頁一行目冒頭の「(二)」を「(三)」と、同一〇頁一〇行目冒頭の「(三)」を「(四)」と、同一一頁末行の「(四)」を「(五)」とそれぞれ改める。
7 同一一頁一行目の「ノウハウが」の次に「左のとおり」を加える。
8 同一一頁二行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「公文書公開の分割請求により、全機種の契約料金が分かれば、当該法人と競争関係にある業者等は、次のようなことを知り、あるいは推知もしくは察知して、容易に競争上優位に立つことが可能となる。
① 基本契約書は、当該法人が長年の営業経験の中で取得、蓄積してきた諸情報をもとにして考案・作成した、コピー機の使用方法に関する(改善)提案としての側面を有しており、これらを見れば、奈良県がどんなコピー機を現に使用し、あるいは設置しようとしているか、労せずして知ることができる。
② 別途公表されている標準小売価格に対する各機種または機種の組み合わせ毎の割引率または割引価格が分かる。
③ その割引率は、機種や機種の組み合わせにより一様ではないので、その大小、較差等により当該法人がどの機種や機種の組み合わせの契約獲得に力を入れているか、その価格戦略や販売戦略が分かる。
④ 各機種とも使用枚数が多くなるにしたがって単価が安くなるが、何枚から何枚までというその枚数区分の刻み方は機種等によって異なり、単価の逓減率も一様ではないので、そこから当該機種等の基準または限界能力を読みとることも可能である。
⑤ 現在コピー機は、従来のアナログ式からデジタル式に変わりつつあるが、右のことからさらにデジタル化の進捗度など商品の開発状況も判断できる。
⑥ 奈良県は、機械台数の点においても、また使用枚数の点においても超大口得意客の部類に属するから、単価の下限は直接的な原価に近いと推察できる。
⑦ 各機種毎に『基準金額』や『最低料金』も記載されているので、他の価格情報とあいまって、各製品の採算制や設経費の解析も可能となる。
近時企業間の競争の激化により、セリングポイントが品質自体の競争から価格競争へ、ついにはちょっとしたアイデアへと移ってくる。そしてこのアイデアは、多くは特許制度の枠内にはいらないものである。この枠内に入らないもしくは、その保護を求めないものは、営業秘密としてこれを維持する形態をとる。
不正競争防止法において、割引価格や割引率が営業秘密に該当することには異論がないからこれをみだりに公表されないことも本件条例一〇条三号本文にいう『正当な利益』の一つであると言いうる。」
9 同一一頁五行目の「強要される」を次のとおり改める。
「強要され、相手方の説得に労力を要し、その労力等は販売効率の低下となり、あるいはコストアップにもつながる」
10 同一一頁一〇行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「全て企業は、販売が企業存続の基本である。販売活動は、最大の経済的な効率をねらって価格をつけ、数量を決め、最良のタイミングをみはからって発売する。これをマーケティング管理という。この管理にかかわるすべての計画や管理がそれ自体企業にとって重要な機密事項を形成し、商品の販売価格、販売方法、販売条件等はすべて企業秘密である。
本件条例にいう『正当な利益』の典型例として企業秘密を考える際には、その定義として、『企業に秘密として取り扱う意思があり、利益がある事項のすべて』とされていることを、『営業上の秘密とは、一企業で用いられている一切の処方、様式、装置、情報の加工からなり、これを知らず、または用いない他の企業に対して自社が有利となる機会を与えるものをいう』等を参酌するべきである。」
11 同一二頁末行の次に行を改め、次のとおり加える。
「(六) 右の事情は、当該法人とリコーとで異なることはなく、むしろ、当該法人の場合には、本件料金部分の開示により明らかとなるのは、単なる複写一枚当たりの平均単価とか一機種だけの料金ではなく、殆ど全機種にわたる機械台数、使用枚数、設置条件その他の諸条件をも加味した料金であるので、リコー以上に『正当な利益』を保護する必要がある。したがってリコーの提示した料金部分を非開示とし、当該法人の本件料金部分を開示すべきであるとすることは、合理的ではない。
(七) 以上のとおり本件料金部分は、リコーが提示した料金部分を含めて、本件条例一〇条三号本文所定の正当な利益が損なわれると認められるものに該当し、同号但書に該当する公益上の必要等については、被控訴人から何らの主張立証がないから本件料金部分を非開示とした本件処分は適法である。
12 同一五頁二行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「被控訴人の目的は、コピーの実費を知ることだけではなく、本件契約全体が正当に締結されているかどうかを行政監視するためである。国民主権の原理に基づく参政権の行使としてのこの行政監視が情報公開制度における重要な機能である。」
13 同一六頁一行目の「であり、」から同頁四行目までを次のとおり改める。
「である。前記のとおり内部管理情報に関しては、各企業は、開示の可否及び範囲を自ら決定できる権利あるいはそれを自己の意思によらずにみだりに公表されない利益を有しており、その権利利益は、本件条例一〇条三号にいう『正当は利益』に該当する。ただ、法人等の内部管理情報であっても、それを開示する公益上その他の必要性がある場合は、その必要性を開示による当該法人等の不利益とを比較衡量し、その必要性の方が勝っているときは、当該法人等も開示を受忍すべきであるとしているのが本件条例一〇条三号但書の趣旨である。
本件印影部分は、前記のとおり本件条例一〇条三号本文に該当するところ、本件印影は偽造の疑いがあり、本件印影部分が開示されないと、その真偽の調査、判定もできないなど、同条但書に規定する要件の存在については、何らの主張立証がないから、本件印影部分に関する本件処分は適法である。」
第三 争点に対する判断
一 当裁判所も被控訴人の本訴請求は原判決の認容する限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第四争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二〇頁三行目括弧内の「乙二」を「乙三」と改める。
2 同二一頁四行目の「証拠」から同行目末尾までを次のとおり改める。
「証拠(乙二、八、一二、証人川又弘延(以下『証人川又』という。)同鳴石典央(以下『証人鳴石』という。)の各供述)及び弁論の全趣旨」
3 同二一頁五行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「(1) 奈良県においては、コピー機の複写サービス契約は、まず出納局が毎年年度当初に、国内で事業活動を行っているほとんど全てのメーカーの奈良県内に営業所を有する代理店と当該メーカーが製造販売しているほぼ全機種にわたり、機種別単価に係る基本契約を結び、この基本契約に基づき、各所属が、右契約の中から機種を選定し、個別契約を結ぶ二段契約となっている。」
4 同二一頁六行目の「(1)」を「(2)」と、同二二頁五行目の「(2)」を「(3)」と、同七行目の「(3)」を「(4)」と、同一〇行目の「(4)」を「(5)」と、同二三頁三行目の「(5)」を「(6)」と、同六行目の「(6)」を「(7)」とそれぞれ改める。
5 同二三頁三行目から四行目にかけての「値引き要求される」の次に「ほか、このような手法が多用されると基本契約の内容が明らかになり、当該法人の営業上のノウハウが同業他社に明らかになる」を加える。
6 同二三頁四行目から五行目にかけての括弧内を「乙二〇、証人川又、同鳴石の各供述」と改める。
7 同二三頁七行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「(8) コピー機の複写料金の契約価額については、大阪府高槻市、同堺市、奈良県大和郡山市、奈良市においてはいずれも各市の情報公開条例により、公開されている(甲六、七、一二、一三)。」
8 同二四頁一行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「控訴人は、法人等の内部管理情報は本件条例一〇条三号本文により原則として非開示とされるべき情報であり、同号但書に該当する公益上その他の必要性があるときにはじめて開示すべきものである旨主張するが、本件条例一〇条三号本文が、法人等に関する情報であって、開示することにより、当該法人等の競争上又は事業運営上の地位、社会的信用その他正当な利益が損なわれると認められるものは当該公文書の開示をしないことができると規定しているところからすれば、法人等に関する情報が当該法人等の内部管理情報に該当する場合にはすべてこれをその意思に反して公表すること自体が当該法人等の正当な利益が損なわれるとしているものとまでは解し難く、右情報を開示することによって正当な利益が損なわれると認められる場合にはじめて右文書を非開示とすることができるとした趣旨(したがって、右文書を非開示とすることが相当と主張する者は開示することによって当該法人等の正当な利益が損なわれることをも主張、立証しなければならない)と解すべきである。」
9 同二六頁末行の「うかがえる」の次に、次のとおり加える。
「。また証人鳴石も、本件開示により、多くの時間、コストをかけて業務分析したところが公表される結果、具体的には、競争相手が労せずして、単純に安い値段でよく似た機械を提案すればよくなる点が競争上相手に有利に、自社に不利に働くと指摘しており、結局証人川又と同趣旨の懸念を抱いていると言える。」
10 同二七頁二行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「控訴人は、本件と同様の個別契約書における料金部分が、他の部署におけるものについても次々と開示されれば、電算解析により、原価、価格ロジック、価格体系を始めとする営業上のノウハウが知られてしまうと主張し、証人鳴石の供述にはこれに沿う部分がある。
しかし、奈良県において当該法人と契約しているコピー機の全体の台数や個別契約されているコピー機の種類は、基本契約中のコピー機の殆ど全てに及ぶのか否かなどが不明であり、結局どの程度開示されれば、価格ロジックなどが明らかになるのかまたどの程度の資料があれば電算解析できるのか判然としない。
また、証人鳴石の供述によると、以下の事実が認められる。すなわち、奈良県と当該法人との契約に関しては、当該法人が前年度の一年をかけて、営業担当者らに日常業務の中で奈良県の業務環境を調べながら次年度の提案材料を情報収集し、契約更改が近づく一一月から一二月頃は右情報を基に業務分析を行い、機種の選定、単価の設定などを行い、この結果を基に本件個別契約書のもととなる基本契約書が作成され、右基本契約は毎年更改される。そしてパソコンの普及とともに顧客の環境、考え方が急速に変わっており、当該法人も、業務分析をした結果、提案の内容は同様に変わっていくのが現状である。
右事実によると、本件個別契約の開示により明らかになるものは、当該法人がこれから提案しようとするものではなく、過去の一時期の業務分析の結果に基づくコピー機設置提案の、しかもそのうちの一部に過ぎないのであるから、控訴人の右主張は採用し難い。
控訴人は、料金部分が開示されれば、右取引相手からの値引き申入れがなされるため相手方の説得に労力を要することが当該法人の販売効率の低下となり、あるいはそのコストアップにもつながると主張し、証人鳴石は、既に奈良市において同市と当該法人とのコピー機使用契約書が開示され、コピー料金が明らかになったことにより、民間企業から右料金について問い合わせが何件かあったと供述するが、本件全証拠をもっても右のような値引き申し入れに対応するために営業上著しい支障をきたすとまで認めるに足らない。
また、控訴人は、リコーと当該法人とで取り扱いを異にする合理的理由はないと主張するが、前示のとおり、本件契約において契約内容の開示をすべき根拠は、地方公共団体と契約を締結する法人等に民間と契約する場合と異なる制約を課さざるをえないというところにあるところ、リコーは本件契約の相手方でもなく、また一般競争入札の場合においても、落札者以外の入札者の料金を明らかにすることはないから、控訴人の主張は採用しない。」
11 同三一頁一〇行目の次に行を改め、次のとおり加える。
「控訴人は、本件印影部分の開示について法人等の印影部分が内部管理情報であることからこれが直ちに本件条例一〇条三号本文に該当するとして、同号但書に規定する要件の存在については、開示を相当と主張する者に主張、立証責任があるところ、本件では被控訴人から右但書に規定する要件の主張立証がないと主張するが、内部管理情報であることから原則として同条三号本文に該当するとする主張が採用できないことは前示のとおりであるから、右の控訴人の主張は理由がない。」
二 よって、被控訴人の本訴請求は、原判決認容の限度で認容すべく、その余は棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官武田多喜子 裁判官正木きよみ 裁判官礒尾正)